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「まぁ、結果論ですけど、告白しなきゃよかったかもですねー。告白しなかったらこんな気持ちにもならないし」

夜の新橋。寿司屋のカウンターで、僕と依頼者は並んでいた。
依頼者の一言に、僕は、漬けマグロへと伸ばしかけた手を止める。

ははは、冗談ですよ。直後、依頼者はそう笑い飛ばすと、中トロを口へと放り込んだが、口調から、心の底から本心、とまではいかずとも、まったくの冗談ではないことは察せられた。
「思ったんですけど、やっぱり、社内の新人に手を出すのはよくないですよね。うまくいったとしてもごちゃごちゃしたでしょうから、結果オーライってやつですね、うん、うん」

自分自身の気持ちを宥めるように、諭すように、依頼者が自分の言葉に頷く。

通常、依頼者と食事をしたり呑んだりすることはないのだが、同年代ということもあり、依頼内容のヒアリング時に会話が弾み、「今度ご飯でも行きませんか?告白がうまくいけば祝勝会、ダメだったら残念会ということで」と誘われ、食事をする運びになった。
もし結果がダメだったら気まずいな・・・という考えが頭をよぎったが、ダメだったらそもそも誘われはしないだろう、と思い、応じた。
結果、ダメで、気まずい状況になった。

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おそらく、依頼者も声をかけるべきか否か逡巡したはず。だが、気まずさもよりも、約束を違えるほうが抵抗があったのか、「もしよろしければ・・・」とメールを送ってきた。アッシュグレーに染められた髪と、なめらか、というよりはつるつると締まりのない口調から、浮ついた印象を受けるが、その実、律儀なのだろう。

それからは話がそれ、そらした、といった方が適切かもしれないが、自分たちが幼少時に流行った漫画の話などを交わしたのち、散会した。
自分の分を払おうとする僕を押しとどめ、代金は依頼者が支払ってくれた。そのことが、余計に僕の心を重くした。

帰路、普段吞みなれないお酒に顔を赤らめつつ、どうするのが正しいのかな・・・、とひとり頭をめぐらせた。

告白をした方がいい。うまくいけば当然嬉しいし、うまくいかなくても、あれこれと思い悩む日々から解放され、次へと進むことができる。結果、どちらに転がってもいい。
そう思い、信じ、活動をしてきた。

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だが、迷うところもある。
正直なところ、永遠の愛なるものの存在は疑わしい。

人が、生まれたその日から死に向かっていくのと同様、告白をしてうまくいったその日から、終わりへと向かう。はじまりと終わりが対なのであれば、そもそもはじまらないほうがいい。好ましい考え方ではないが、理屈としては理解できる。

前述の依頼者とのやり取りから一週間ほどが経過したある日、僕には五歳の息子と二歳になる娘がいるが、息子が恋をしたらしい、という噂が家庭内で聞こえてきた(もっとも、二歳になる娘はまだ話せないので、妻から聞いただけなのだが)。

もうそんな年頃になったか・・・と感慨に浸りながら、「同じクラスの子?」「名前教えろよー」「好きっていっちゃえばいいじゃん」などとからかいの言葉を投げる。
最初は「うるさいなー」「やめてよー」と笑い混じりに言っていた息子だが、どうもしつこすぎたようで、突然、「うるさい!ふられたらどうすんだよ」と口をとがらせながら、僕の膝小僧を思い切り拳で殴りつけてきた。五歳にもなるとなかなかに力があり、痛い。

先日の依頼者との一件と、本気で息子に怒られたということが加わり、やっぱり告白などしない方がいいのか・・・と、わりと本気で気落ちする。

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その夜。
夜中にひとり作業をしていると、先日の依頼者からメールが届く。
苦情?と少し緊張を覚えながらメールを開く。

先日はありがとうございました。残念な結果でしたが、今度派遣で来た子がかわいくて、好きになりそうです!またお願いするかもしれません。その際はお願いします。

とのこと。
告白をするべきか、しないでおくべきか。
どうでもよくなった。

そもそも、告白をするべき!しないべき!と導くのは、僕の領分ではない。

依頼が来れば、はい、と言って引き受けるし、来なければ何もしない。
それだけのことだ。

ただ、上記依頼者から再び依頼が来た際は、少し検討をさせてもらいたい、と思う。

<プロフィール>

kobayashisan

小林慎太郎。1979年生まれの東京都出身。
ITベンチャー企業にて会社員として働く傍ら、ラブレター代筆、
プレゼンテーション指導などをおこなう「デンシンワークス」(dsworks.jp)を運営。
●著書
(インプレス社)

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【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆業の日々~ Vol.1”自分勝手”な想い
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