「ラブレターを書くコツを教えてください」
僕が代筆屋をしていることを伝えると、必ずといっていいほど訊かれる。
当初は、したり顔で、書き出しがどうとか、表現がどうとか語っていたが、最近はそういうのは止めた。
「名前を書くだけで大丈夫です」
こう答えるようにしている。
そう言うと、洒脱なジョークと受け取られるのか、多くの人が「ははは、ご冗談を」といった様子で笑う。
ただ、僕はわりと真面目にそう答えている。
想像してみてほしい。朝、会社に出社をしたとする。すると、デスクの上に桜色の封筒が置かれている。なんだろう?首を傾げながら開封すると、中には封筒と同色の二つ折りにされた便箋が一枚。便箋を広げると、そこには何も書かれていなかった。と思ったら、一番最後の行の右端に、小さく、丸い文字で、部下の女の子の名前が書かれている。
ラブレター。
告白のラブレター。誰しもがそう想像できる。何も書かれてはいないが、想いを汲み取ることができる。何も書かれていないからこそ、逡巡や、躊躇、奥ゆかしさが感じられる。
これが電子メールであれば、誤送信かな?と思う程度だが、手紙だとそうではない。
手紙には、そういう力がある。そう思う。
「名前を書くだけで大丈夫です」
だから、僕は、わりと真面目にそう答えている。
”名前”ということで思い出すことがある。
その日、小学生の僕は、いくつかの義理チョコが入ったランドセルを背負いながら、俯きつつ、家路を歩いていた。義理チョコと言えども、10個ほどもらった。喜ぶべきかもしれないが、僕の気分は浮かなかった。あの子からもらえなかったから。
15分ほど歩き、家に着く。
なにげなく、駐車場に止めてある愛用の5段式自転車に目をやると、カゴの中に、緑色の包装紙に包まれた、薄い、長方形の、箱が見えた。
もしかして。
自転車に駆け寄る。
丁寧に包装紙をはがそうとしたが、慌ててしまい、ビリビリに包装紙が破れる。包装紙の中からは、”chocolate”と印字された銀色の箱と、クリーム色の、小さなメッセージカード。
緑色の包装紙を握りながら、僕は、数日前のある会話を思い出していた。
「……ねえ、何色が好き?」
「え、なんで?」
「……うん、クラスのみんなに聞いてるんだ」
「へー、変なの。なんだろうー、緑かな」
「そっか、そうなんだ」
休み時間に、普段ほとんど会話をしたことがない彼女から、突然訊かれた。
頭の中で会話を反芻しながら、僕は包装紙を握る手に、ぎゅっと力を込めた。
ただ、その後、何かが変わったかというと、何も変わらなかった。
ホワイトデーのお返しもしていない。
なぜなら、同封されていたメッセージカードには、名前も、メッセージも、何も書かれてはいなかった。
ただ、ただ、余白が広がっていた。
たぶんそうなのだけれど、でも、彼女からのものであるという確信が持てなかった。
それ以来、今日に至るまで、何人かの人を好きになり、何人かの人から想いを寄せられ、告白し、告白をされた。
手紙をもらったこともあるが、どれも名前がしっかりと書かれていた。
だから、お付き合いに発展したものも、そうでないものもあるが、とにかく、その先に進んだ。
先に進むことなく、後ろに下がるでもなく、行き場なくその場に留まったのは、
あの時の彼女からのものだけ。
もし・・・、とたまに思う。
もし、彼女からのメッセージカードに名前が書かれていたら、今の僕も、今の彼女も、
少しだけ違う場所にいたのかもしれない。
もう一方で思う。
今まで38年生きてきた感触として、幸も不幸も、人も、結局行き着くところに行き着く、と。
だから、あの時に名前があろうとなかろうが、僕も、彼女も、今のこの場所にいるのだろう。
「名前を書くだけで大丈夫です」
そう答えるとき、僕は、わりと真面目にそう言っている。
<プロフィール>
これまでの恋文横丁はこちらから
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆業の日々~ Vol.1”自分勝手”な想い
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.2「男って…」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.3「一目惚れ…」

StartHome編集部

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