「誰もが憧れ、使いたがる。そんな義手を作りたいんです。」
近藤玄大(イクシー株式会社)



日本での義肢装具の歴史は明治時代まで遡る。19世紀後半には四肢を失った歌舞伎役者の三代目沢村田之助が義肢を装着して舞台に上がり、女形として観客を湧かせていた。四肢を失ったというハンディにも関わらず田之助は当代随一の女形として人気を博し続けた。プラスチックやシリコンといった軽量な素材もない時代に義肢で舞台に立ち観客を魅了する裏には、想像を絶する努力があったに違いない。
それから140年以上の時が流れた今、四肢を失った人々を取り巻く環境はどのように改善しただろうか。義肢装具を身に付けて舞台に上がる人は確かにいるかもしれないが、今の社会で彼ら彼女らに十分な活躍の機会が与えられているとは決して言い難い。拳を握り、手を振り、腕を広げるという基本的な動作を失った人々は、相変わらず不便な生活を続けており、その不便さを克服して舞台に立ち、観客を魅了できる人は非常に限られているのが現状だ。しかし、その背後で義肢装具の技術は着々と進歩している。
みなさんは、筋電義手というものをご存知だろうか。義手を想像してくれと言われて、みなさんが想像するのは、おそらく手の形を模倣した動かない装飾用の義手だろう。しかし、筋電義手は、動く。筋肉の動きを感知して、自分の思ったように動くのだ。これで手を失った全ての人が、手を取り戻すことができる!…とはいかないのが現実。現状、筋電義手は非常に高価であり、誰もが手に入れられるわけではない。また既存の義手の多くが、その見た目を本物の手に似せることで、手の代わりを果たそうとしてきた。しかし、時にその“まるで本物の手”のような義手は、似ているからこそ反って周囲の人にその存在を意識させてしまうこともある。
そんな状況の今、これまでの義手の常識を覆す革命的な筋電義手が誕生しようとしている。それは従来の「人の手に似せる」という選択を捨て、敢えて人の手に似せず、一つの個性として使う人が自由に表現するという新たな選択肢を人々に提案するものだ。もしこの義手が世に送り出されたら、私たち人間の価値観は変わる、そう言っても過言ではない。その義手を付けたモデルがファッションショーのランウェイの上で、その義手を付けた俳優が舞台の上で、両手を広げ全身で表現する。その義手を付けたアイドルたちがコンサートで手を振って踊り、歌う。その時、私たちは自分たちが出せる最大量の歓声を彼らに送っているだろう。私たちは間違っても、彼らが“障害”を持っているなんて思えなくなる。
そんな未来が待っているとしたら、人々は何を思い、何をする?
これからみなさんが目にするのは、そんな未来の“はじまり”の物語。

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