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この連載のタイトルにもなっている「恋文横丁」というのは、渋谷に実在した横丁の名前。
朝鮮戦争当時、日本に駐留をしているアメリカ兵に想いを寄せるものの、英語ができない日本人女性が数多く存在した。そのような女性たちから依頼を受け、英文でラブレターを書くいわゆる「代筆屋」が、その横丁に存在したことからそのように名付けられたらしい。

渋谷の文化村通りに面した、ヤマダ電機の脇にその横丁はある。
行ったことがある人ならわかると思うが、実際に足を運ぶと、驚く。

なぜ驚くのか?
”恋文横丁 此処にありき”という記念碑が、
今にも朽ちそうな頼りない姿で佇んでいるだけだからだ。

名称から想い起こされるような、哀感と浪漫漂う横丁は存在しない。

「なにこれ?」
「こいぶみ・・・よこ・・・ちょう?だって。なんだろうな」
「なんかわかんないけど、汚いねー。ははは」

はじめて記念碑を訪れた時、僕が立ち止まってじっと見つめているものだから、
なにかあると思ったのだろう、後ろを通りすがったカップルが足を止めた。そして、
「”こいぶみ”って言葉はじめて口にしたわー」

という言葉を残してその場を去っていった。
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その後は、誰一人立ち止まることなく、渋谷の街を、恋文横丁の跡地を、足早に行き過ぎる。なにも知らない人からすれば、薄汚い木の棒があるに過ぎないのだ。当然だろう。

ただ、最初に目にした時こそ、想像していた姿との乖離に少し驚いたものの、時間が経つにつれ、いいな、と思うようになった。
往時の跡形をとどめることのないその姿が、いいな、と思った。

僕が手紙なり代筆業という仕事に少しばかり愛着を持っているのも、同じ理屈なのだろう。
手紙は、時間の経過とともに、その姿を明確に変化させていく。
日に焼け、紙が老朽化し、破れ、消える。

代筆業という仕事だってそう。そこで扱う、”気持ち”というものは、ひどくあやうい。
朝に出会い、昼に恋をし、夕刻にくっつき、夜に破局することだってある。
ひとつどころに定まることなく、変転する。

手紙や気持ちというものが、不変を約束されたものなのであれば、
約三年もの間、この仕事を続けてこなかったと思う。
そもそも、はじめてもいなかったかもしれない。

誰も足を止めることのない記念碑の前で、考える。
代筆屋に依頼をした女性で、その後、しあわせになった人はいるのだろうか、と。

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そもそも、ラブレターを渡し、実った恋がいくつあるのだろうか。
そもそも、恋が成就したとして、先に進み、結婚に至った人はどれだけいるのだろうか。
そもそも、結婚したとして、当時の時代背景からして、戦争相手の国籍の伴侶とともに
生きていくことは、たやすいことではなかったのではないか。

そもそも・・・、そもそも・・・。
さらに思いを巡らそうとしたが、やめた。意味がない。

相手が米兵であろうとなかろうと、
完全なるハッピーエンドなど、不変なものなどない。

記念碑に背を向けると、僕は行き過ぎる人と歩調を合わせ、歩きはじめた。
恋文横丁は当時の面影すら残していないが、横丁を行き来していた女性たちが米兵に抱いていたような感情は、今も、どこかで、誰かが抱いている。

不変なものはないが、場所を変え、人を変え、受け継がれていくものはある。
横丁はないけれど、当時の女性たちの想いは、この街で、ずっと継がれていく。

それでいいし、それがいいと、思う。

<プロフィール>

kobayashisan

小林慎太郎。1979年生まれの東京都出身。
ITベンチャー企業にて会社員として働く傍ら、ラブレター代筆、
プレゼンテーション指導などをおこなう「デンシンワークス」(dsworks.jp)を運営。
●著書
(インプレス社)

これまでの恋文横丁はこちらから

【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆業の日々~ Vol.1”自分勝手”な想い
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.2「男って…」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.3「一目惚れ…」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.4「ラブレターを書くコツは…」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.5「自分自身への手紙」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.6「別れはいつだって、少し早い」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.7「桜色の、あの紙」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.8「対峙する日々」

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StartHome編集部

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