”告白をしていいのか迷っています・・・。”
そう相談を持ちかけられることが少なからずある。

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踏み出せない理由は、想いを寄せる相手と接点がまったくない、相手には付き合っている人がいる、こちらの一方的な片思いだから、など色々とあるが、多いのが、「歳の差」を気にしてのこと。

“僕と彼女とでは年齢が二十歳も離れてるんで・・・”
“十歳も年上のおばちゃんが告白してもダメだと思うんです・・・”
照れとも困惑ともとれる表情で、そう漏らす。

「正直、年齢の違いもやっぱり気になりますね」

その時の依頼者もそうだった。
ツィードのライトグレーのスーツに身を包んだ依頼者は、目の前に置かれたコーヒーカップを両手で包み込みながら、静かに言った。
日本を代表する総合商社にて海外マーケティング担当の職に就いているという依頼者からは、名刺から受ける通りの風格や知性を言葉の端々から感じた。

四十前半の依頼者は、同じ部署で働く十歳以上年下の女性に恋をしたとのこと。
ただ、同じ部署であるということ、また、年齢が離れているということで、告白に踏み切れないようだった。

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「十歳差くらい、今どき珍しくもなんともないですよ」
繕うわけではなく、本心からそう思った。僕の言葉に、依頼者は無言のまま頭を下げると、
「あと・・・」
「あと?」
「娘のことがちょっと気になって」
と言った。

「あ、いえ、二年前に離婚をしていまして。小学生の娘がいるんです」
僕の質問を見越したように、依頼者がはにかみながら言った。

反応をうかがうように、上目で僕を見やる。
「離婚をしてるんだから別に問題はないでしょうけど、僕が新しい女性と付き合っていることを知ったら娘はどう思うのかなって。まあ、告白する前からそんなこと考えてもしょうがないんでしょうけどね」
依頼者が自嘲気味に唇をつり上げる。

「いや、まあ・・・」

僕は何か言葉をかけようと口を開いたものの、適切な言葉が見つからなかったので、沈黙を飲み込むように、グラスの水を口に含んだ。
僕のグラスが空になったのを見つけたウェイトレスが、失礼します、と言ってグラスに水を注ぐ。依頼者と僕の視線が、ウェイトレスの手元へと向けられる。
イトレスが立ち去ると同時に、
「厄介なことばかりですね・・・」
誰に言うでもなく依頼者がつぶやいた。

何かに思いを馳せるような依頼者の横顔を見ながら、その言葉が、離婚や歳の離れた女性への想いだけを指したものではないような気がした。

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「・・・もう、そういうのではないな。厄介なだけだよ」
二十年ほど前の父も、“厄介”という言葉を使った。

今は定年退職をしたが、当時、父は在京のテレビ局に勤めていた。
今でこそネットなどの台頭もありテレビの権勢は衰えた感があるが、二十年前のテレビといえば絶対的な存在であった。
収入も一般企業のサラリーマンに比べれば恵まれていたであろうし、当時、父が勤めていたテレビ局は視聴率が好調だったこともあり、臨時ボーナスも頻繁に出ていたと聞く。

父との会話は多くなかったので、どのような心境かをうかがい知ることはできなかったが、それでも、自身の置かれている環境や仕事に対して満足をしているのだろうな、と思っていた。

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あれは確か、正月か何かの機会に親戚が集まった折だったと思う。
その一カ月ほど前に責任あるポジションへと昇格をした父に対して、ある人が「おめでとうございます。その歳で〇〇テレビの〇〇になるなんてすごいですねー」とお酒の回った赤ら顔で声をかけた。

父もお酒を飲んでいたし、喜ぶべきことではあると思うので、当然、感謝なりお礼の言葉を述べるものと思ったが、父は、考えるように一瞬間を置いたのち、
「・・・もう、そういうのではないな。厄介なだけだよ」
とぽつりとこぼした。

自分の想定していた言葉とは違ったことに違和感は覚えつつも、照れ隠しだろうな、と当時の僕は思い、その言葉について深く考えることはなかった。

それから日々は過ぎ、いつ頃だろう、三十も半ば過ぎた頃だろうか、父の言葉が照れ隠しではなく、本心だったのだろうなと思い始めるようになった。

個人差はあるだろうが、そのくらいの年齢になってくると、出世や肩書、お金、名声、そういったものはあったらあったで困るものではないが、人生の拠り所とするには心許ないものであることに気づき始める。

ただ、気付いたところで、具体的に何をどうするわけでもない。戻るには随分と歩いてきてしまっているし、道を逸れるにしては多くのものを抱えてしまっている。止まることはできなくはないが、前からの声に促され、長い時間止まっていることもままならない。

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「厄介なことばかりですね・・・」
前述の依頼者の言葉は、そういうことも含んだ言葉ではないかと思う。
就職活動中の学生であれば誰しもが憧れるような企業に身を置き、人並み以上の収入を得ているであろうことに陶酔できるほど、無邪気な人生を歩んできたのではないだろう。

依頼者とは初対面であったし、お互いを理解できるほど多くの言葉を交わしたわけではないが、まっとうな、ここでいうまっとうとは“真面目”や“良い子”という意味ではなく、適度に清濁や善悪を吞み込みつつ前進をしてきたという意味で、まっとうな生き方をしてきたことが感じ取れ、向き合っていて心地いい人だった。

結局、その日は依頼者も結論を出すことができず、「正式にお願いをする気になったらあらためてご連絡します」と言う言葉を残して、その場は別れた。

それから随分と日が経つが、連絡はなにもない。
きっと、厄介なことと日々対峙し、それどころではないのだろう。

連絡がないことに物足りなさは覚えつつも、一方で、安堵もする。
今この瞬間にも、自分と同じように、頼りない足取りながらも前へと進み、
時に振り返り、立ち止まり、首を傾げ、それでも前へ。前へ。

あの依頼者は、そんな日々を過ごしているのだろうな、と思うと安堵もする。

気長に、連絡を待とうと思う。

<プロフィール>

kobayashisan

小林慎太郎。1979年生まれの東京都出身。
ITベンチャー企業にて会社員として働く傍ら、ラブレター代筆、
プレゼンテーション指導などをおこなう「デンシンワークス」(dsworks.jp)を運営。
●著書
(インプレス社)

これまでの恋文横丁はこちらから

【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆業の日々~ Vol.1”自分勝手”な想い
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.2「男って…」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.3「一目惚れ…」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.4「ラブレターを書くコツは…」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.5「自分自身への手紙」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.6「別れはいつだって、少し早い」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.7「桜色の、あの紙」

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StartHome編集部

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