ラブレターではないのだが、大事に保管、というわけでもなく、かといって捨てることもできず、なんとなくとってある手紙がある。
これからも、そんな感じで、その手紙は、僕の手元に残り続けるのだと思う。

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実家の二階にある僕の部屋には、中学の時に購入した学習机が今でも置いてある。
実家を出てから約二十年。部屋は物置代わりになっていて、段ボールやゴルフバッグ、雑誌、本、布団などで占拠されている。

それだから、普段は実家に帰っても自分の部屋に入ることはないのだが、先日帰省をした際、なんとなく心が向き、久しぶりに自分の部屋へと足を踏み入れた。

学習机の椅子に腰をかけ、背もたれに身体を預ける。
しばらくの間、ぼんやりと机の上に視線を注いでいたが、ふと、あることが気になり、
おもむろにセンターの引き出しを開いた。

あった・・・。
短くなった鉛筆や、使い古しの消しゴム、修学旅行先のお土産のキーホルダーなどに紛れ、
小さくたたまれたノートの切れ端があった。二十年以上前の紙だが、引き出しの中にずっとしまわれていたため、色褪せることなく、当時のまま、それはきれいな桜色をしていた。

「へー。スガワラ、お前、コバヤシのことが好きなんだな」
今でもその声を鮮明に覚えている。

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中学一年の国語の授業中。お弁当を食べ終えた直後の授業であったことに、四月という季節も手伝い、まさに春うららといった様子でふわふわしていた僕の耳に、不意を突くように自分の名前が飛び込んできた。

ん?なんのことかわからず声が聞こえた方へと目を向けると、クラスメートのカトウが、ノートに目を落としながら、下卑た笑みを浮かべている。

「ちょっと!なに見てんのよ!!」
次の瞬間、怒気をはらんだ声が教室に響き渡る。
黒板へとチョークを走らせていた先生の手が、ぴたりと止まる。

怒鳴り声を挙げたシノハラという女子はそのまま席を立つと、カトウの元へと向かい、ひったくるようにしてノートを奪い取った。

「ほんと信じらんない!バカじゃないの、あんた!」
今にも殴り掛からんばかりの勢いで、カトウを睨めつける。
怯むことなく相変わらずニヤついているカトウの後ろの席で、名前を挙げられた女子、スガワラがうつむている。

そういうことか・・・。
僕はなんとなく事情を飲み込んだ。

今の時代はそういったことはないのかもしれないが、僕が中学生だった二十年以上前は、授業の合間に、ノートの切れ端、もしくはノートにメモを書き、友達にまわして会話をするということをしていた。

内容は他愛もないもので、男子だと先生の悪口だとか、流行りのギャグなんかを書いていた。女子の場合は男子とは少し違い、恋愛話について盛り上がっているようだった。

そして察するに、会話用のノートを使ってシノハラとスガワラが恋愛話をしていて、他の生徒を経由して二人でやり取りをしていたノートを、途中でカトウが盗み読みしたというわけだ。

中継役はメモの中身を見てはならないというのは中学生ながら暗黙の了解として存在をしており、カトウのした行為は許されるものではない。シノハラの怒りはもっともだった。

勘弁してくれよ・・・。
春のうららかさは消え失せ、僕は弱り切っていた。
最初はシノハラとカトウのやり取りに注目をしていたクラスメートたちだったが、そのうち、その興味の矛先は僕へと向き始めた。

コバヤシ、お前はどうなんだよ?

無言の問いを四方八方から感じる。
そして、今であればもう少し違う対応をするが、当時の僕は現在に輪をかけて幼く、軽薄であったため、

「いやいや、勘弁してよ。俺、全然そういう気持ちないから」
と口の端をゆがめながら言った。
カトウに向けられていたシノハラの射るような視線が、僕へと向けられる。
何かを発しようとシノハラは口を開いたが、
「おい、授業中だぞ!席につけ」という先生の言葉に遮られ、渋々席へと戻った。

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休み時間。案の定、カトウをはじめクラスの男子が僕のもとへと集まり、囃し立てる。
さすがにまずいかな、とは思うものの、ノリの悪い奴と思われたくない僕は、

「まいったな、はは。ほんと興味ないんだよな」と笑ってこたえた。

僕を囲むクラスメートたちの隙間から、机に突っ伏して泣いているスガワラをなぐさめるシノハラの姿が見えた。

休み時間が終わり、次の授業。いつにも増して授業の内容が頭に入って来ない僕のもとに、「コバヤシにまわしてくれだって」という伝言とともに、小さくたたまれたノートの切れ端がまわってきた。桜色の紙だったため、女子からのものだということは察せられた。
女子からメモがまわってくることは日頃ないため、少しばかり緊張しながら紙を広げると、

人の気持ち考えたら?バカ

尖った文字で、そう書かれていた。

未練なのか、後悔なのか、大事に保管、というわけでもなく、かといって捨てることもできず、なんとなくこのメモはずっと引き出しにしまっていた。

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当時のことを思い出し、荷物に囲まれた部屋で、ひとり苦笑を浮かべながら、
もういいだろう・・・、と思い、メモをゴミ箱に放り投げようとしたが、その手を止め、
静かに引き出しへと戻した。

人の気持ちを汲み取り、整理し、文字という形にする仕事、代筆を、僕は今している。
当時のクラスメートが、シノハラが、スガワラが、僕がそんなことをしていることを知ったら何と言うだろう。

「ははは、偉そうによくそんなことできるわね。バカ」

そんなとこだろうか。
残念ながら、何も言い返せそうにない。
今も、あの頃とそう変わりがないから。

桜色のあの紙は、今後も色褪せることなく、ずっと、机の引き出しにしまわれることになりそうだ。

<プロフィール>

kobayashisan

小林慎太郎。1979年生まれの東京都出身。
ITベンチャー企業にて会社員として働く傍ら、ラブレター代筆、
プレゼンテーション指導などをおこなう「デンシンワークス」(dsworks.jp)を運営。
●著書
(インプレス社)

これまでの恋文横丁はこちらから

【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆業の日々~ Vol.1”自分勝手”な想い
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.2「男って…」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.3「一目惚れ…」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.4「ラブレターを書くコツは…」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.5「自分自身への手紙」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.6「別れはいつだって、少し早い」

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StartHome編集部

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