“ラブレター”というと、好きな相手に対して“告白”をするためのもの、というイメージが一般的には強いと思う。だから、“ラブレター代筆屋”という看板を掲げる僕のもとに寄せられる依頼は、すべてが告白のためのものだと思われているようだ。でも、実際はそうではない。

たとえば、“感謝”。長年連れ添ってきたパートナーに対して、日頃の感謝の気持ちを伝えたいという依頼もある。

たとえば、“お詫び”。お世話になったにもかかわらず、不義理をしてしまった人へお詫びの気持ちを伝えたいという依頼もある。

たとえば、“復縁”。別れた彼氏・彼女、夫・妻への想いを捨てきれず、手紙を通して元の関係に戻りたい旨を伝えたいという依頼もある。

そして、たとえば、“自分自身への手紙”、というものもある。
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自分を勇気づけるため、自分から自分に宛てて手紙を書いてほしい、という依頼。
この依頼は、僅かではあるが、何件か受けたことがある。

僕に依頼をしてくる人たちは、諸手を挙げて「私、幸せです!」と言えるような人は皆無で、程度の差こそあれども、皆一様に、どこか、なにかを、負っている。なかでも、“自分自身への手紙”を依頼してくる人たちは、複雑だ。

本来、無条件で愛を注いでくれる存在である家族は、いない。友も、いない。自分の「過去」を忌々しく思い、自分の「今」を疎ましく思う。そして、自分自身をも。

生きることすらままならず、どうにか自分を奮い立たせようと、自分を励ましてくれる人を、応援してくれる人を探し、僕へと行き着く。

その日の依頼者も、そうだった。

年齢よりも、大人びて、というよりは、老けて見えるな・・・。
三十代前半の女性の依頼者を前に、僕はそんなことを考えていた。

色味のない白けた肌のせいか、目尻が緩く下がった細長い眼のせいか、ぽつぽつと言葉を置くようにゆっくりと話す口調のせいか、そのどれがそう思わせるのか、もしくはすべてが一体となってそう思わせるのかは定かではないが、実年齢より十歳ほど上に見える。
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“自分自身への手紙”の依頼は、今回で三回目。
依頼者自身に宛てた手紙ということで、いつものように依頼者の今日に至るまでの身の上話を聞いた。そして、いつものように複雑な人生に、言葉を継げずにいた。

痩せぎすた依頼者の肩のあたりを見つめながら、なにを糧に生きてきたのだろう、と思った。愛、夢、友、趣味、遊び、目標、やりがい、誇り。ひとが明日を目指す時、今日を乗り越える時、なにかしら助けとなるもの、糧がある。でも、目の前にいる依頼者の話からは、それらしきものは一切見当たらなかった。

「・・・やっぱり、自分自身への手紙っておかしいですかね?」
考え込む僕の顔をのぞきこむようにして、依頼者が言った。
「え?あっ、いえいえ。そういうことではないので」
僕は慌てて顔を横に振ると、
「僕も昔、自分に向けて書いたことありますよ」
と答えた。
「そうなんですか!?」
「ええ、子供の頃ですけどね」
僕の言葉に、そっかそっか、と安堵したように依頼者は頷いた。

その場を繕うための嘘ではなく、事実、僕は自分に向けて言葉を書いたことがあった。
ただ、手紙ではない。メモ帳に、短い文字を書いただけ。

「楽しい?」

と書いただけ。

書いたのは高校一年生の時。思春期なら誰しもがそういうものだと思うが、日々せわしなく気分が浮き沈み、イラつき、将来を悲観視していた。こんな感じがずっと続くのなら、死ぬまで続くのなら、たまったもんじゃないな、と思っていた。
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そんな時、漫画だったかドラマだったか、どちらだったかは忘れてしまったが、主人公が未来の自分に向けて手紙を書く、というシーンを目にした。

そのシーンに深く感銘を受けたわけではない。でも、この日々を切り抜けた自分が未来にいる、ということに確信を持ちたくて、書いた。目についたところに置いてあった手のひらほどの小さなメモ帳に、「楽しい?」と書いた。率直に、訊いてみたかった。

翌日には、そんなメモを書いたことすら忘れてしまったけれど、この仕事をはじめ、“自分自身への手紙”の依頼をはじめてもらった時、ふと思い出した。
ただ、思い出したものの、自分の中で返答はまだしていなかった。「楽しいよ」というのも違うが、「楽しくない」というのもしっくりこない。どうなんだろう。よくわからなかった。

「あの・・・、失礼な質問かもしれませんが」

ひと通りのやり取りが終わり、あとはどちらかが、帰りましょうか、というのを切り出すのを待つだけのわずかな空白の時間に、僕の口から言葉が漏れた。
依頼者は身構えるようにわずかに目を見開いたが、すぐに元の目つきに戻り、
「はい、なんでしょう?」
と言った。
「あの、お話を聞く限り、すごく大変な人生だったと思うのですが、どうやって超えて来られたんですか?なにか楽しみのようなものはあったんでしょうか?」
訊いたあとに、やはり訊くべきではなかったと思い、
「すいません、失礼な問いですね・・・。今の質問は忘れてください」
「いえ、大丈夫ですよ。普通はそう思いますよね。私もそう思います、ふふ」
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ささやかではあるが、依頼者は僕と会ってからはじめて笑みを浮かべると、なにかに思いを巡らすように宙をにらみ、
「うーん・・・、なんて言うんでしょう、“今日”って、大体“昨日”よりはいいんです
ゆっくりと、かみしめるように言った。
「小林さんとお会いしている“今日”もそうですけど、“昨日”よりはいい気がするんです。まあ、私の場合は出発点がひどすぎるっていうのもあると思うんですけどね」
依頼者の言葉を飲み込みきれず、
「昨日よりいいですか?昨日より幸せってことですか?」
そう問うと、
「いえ、幸せではないです。幸せなら、こうして小林さんにお願いをすることもないとおもいます」
言葉とは裏腹に、依頼者は嬉しそうに唇を緩めた。
「いい、というか、そうですね・・・、まあ、昨日よりは“まし”って感じでしょうか。うん、そうですね、これが適切ですね。幸せとも楽しいともまったく思わないんですが、でも、今までずっと、“昨日”よりは“今日”はましだったので、じゃあ、明日もとりあえず生きてみようかな、って思えてるんでしょうね。もう、それだけです」

後日、依頼者への手紙を書き終え、無事に納品をした。
これは、一年ほど前の依頼。依頼者の“今日”が“昨日”よりましなのであれば、あの日から一年経った今は、随分と“まし”になったのではないかと思う。

楽しい?

あの時の自分に、今の僕ならこう答える。

「まあ、お前よりは“まし”だよ」、と。

<プロフィール>

kobayashisan

小林慎太郎。1979年生まれの東京都出身。
ITベンチャー企業にて会社員として働く傍ら、ラブレター代筆、
プレゼンテーション指導などをおこなう「デンシンワークス」(dsworks.jp)を運営。
●著書
(インプレス社)

これまでの恋文横丁はこちらから

【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆業の日々~ Vol.1”自分勝手”な想い
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.2「男って…」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.3「一目惚れ…」
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.4「ラブレターを書くコツは…」

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