「なるほど、一目惚れというやつですね」
僕の言葉に、依頼者は照れくさそうな表情でかすかに頷いた。

コンビニで働く女性に告白をしたい。
だけれど、女性に対して奥手で、告白をしたことなどなく、付き合ったこともない。
ラブレターなら渡すだけだからできる気がする。でも、書けない。書いてほしい。

女性

20代前半の男子大学生からの依頼。

今でこそ、一目惚れの相手に向けたラブレターは、代筆屋という立場で何通か書いた実績があるが、当時はそうではなかった。そのような依頼は受けたことがなかった。はじめての依頼。

一目惚れって本当にあるんだな・・・。

間を埋めるようにアイスコーヒーを混ぜる依頼者の手元を見つめながら、僕は思った。
名前も、素性も、性格も、趣味も、口癖も、何もわからない人を好きになる、という感覚が僕にはわからなかったし、周りでも一目惚れをした、という話を聞いたことがない。

一目惚れをするってどんな感覚でしょう?
個人的な問いとして訊いてみたかったが、話がずれてしまいそうなので、その問いは飲み込み、詳細の確認へと移った。

「お相手の方のお名前は?」
「〇〇さんです」
「下のお名前はわかります?」
「さあ・・・わからないです」
「おいくつかはわかりますか?」
「・・・さあ、ちょっとわからないです」

依頼者へ質問をいくつか投げかけたのち、大きな問題があることに気づいた。

「〇〇さんはどんな性格ですか?」
「どうなんでしょうね・・・」
「趣味とかは・・・わからないですよね」
「・・・はい」
「・・・」

一目惚れだけに、情報が何もないのだ。
かろうじで、ネームプレートから名字だけは知っていた。

通常であれば、お相手の方の性格や趣味嗜好をうかがい、タイプに合わせて文面や表現を考えるが、今回はそれができない。お相手の方のことを把握することを早々にあきらめた僕は、質問の対象を依頼者の方のみに絞ることにした。

一時間ほど話をし、会話を区切る意味合いで、「想いが成就するよう頑張ります」と依頼者に声をかけた。

依頼者は口数が少なく、照れ屋な印象であったため、僕の言葉に対して「お願いします」くらいの、短く当たり障りのない返答を予想していた。だから、

「はい。でも、なんというか・・・成就しなくてもいいです。想いを伝えられるだけでも、僕にとっては大きなことですから」

という依頼者の言葉に、意思を感じさせる強い言葉に、僕は少し驚いた。

数日後に手紙を納品して以来、依頼者からは特に連絡はない。
hitomebore2

前述したように、これ以来、一目惚れした相手に送るためのラブレターの依頼を何件か受けた。そして、それらの依頼に共通して言えることがある。
それは、どの依頼者も、総じて口数が少なく、照れ屋で、純粋な印象を僕に与える、ということだ。

このことから、思ったことがある。

僕も含めて、大抵のひとは、相手の名前を知り、素性を知り、性格を知った上で、ひとを好きになる。それはつまり、言い換えると、情報を得てから好きになるということ。

このひとと付き合ったら楽しいかな?長続きするかな?結婚までたどり着くかな?
情報を得た上で、判断し、決断する。
表現を選ばずに言うと、そこには計算があり、打算がある。

でも、一目惚れは違う。
何も情報がない中で、真っ白な頭で、真っすぐにひとを好きになる。好きになれるということ。

そう考えると、一目惚れできるというのは、とても素晴らしいことだと思う。
計算と打算で日々を過ごしている僕には無縁と言えるだろう。

話を前述の依頼者に戻す。
彼とのやり取りから、二年以上が経過している。当然、連絡は何もない。

彼と話しをしたカフェで、彼と同じような年代の男の子を見るたびに、どうなったかな?とふと思うことがある。

想いが成就したかどうかはわからない。
でも、僕には一つの確信がある。

「・・・成就しなくてもいいです。想いを伝えられるだけでも、僕にとっては大きなことですから」

彼は、間違いなくラブレターを渡したはずだ、と。
想いを伝えたはずだ、と。

<プロフィール>

kobayashisan

小林慎太郎。1979年生まれの東京都出身。
ITベンチャー企業にて会社員として働く傍ら、ラブレター代筆、
プレゼンテーション指導などをおこなう「デンシンワークス」(dsworks.jp)を運営。
●著書
(インプレス社)

これまでの恋文横丁はこちらから

【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆業の日々~ Vol.1”自分勝手”な想い
【連載】恋文横丁 ~ラブレター代筆屋の日々~ Vol.2「男って…」

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StartHome編集部

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